戸田の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

埼玉県戸田市歴史探訪
戸田市の概要
戸田市は、埼玉県の南東部に位置しています。北はさいたま市、東は蕨市と川口市に地続きで接し、西の朝霞市と和光市、南の板橋区と北区は荒川を隔てて接しています。

江戸時代には荒川に「戸田の渡し」と呼ばれる渡船場がおかれ、交通の要衝として栄えました。現在でも全国的にも有名です。

また、1964年の東京オリンピックをはじめ、各種国際大会や国民体育大会のボート競技会場となった戸田漕艇場があり、「ボートのまち」でもあります。

戸田のあゆみ
文献によれば、有名な「戸田の渡し」は天正年間(1573〜1585)から存在したといわれています。江戸時代には中山道の板橋宿と蕨宿を結ぶ要所として渡船場がおかれました。安永元年(1772)には戸田河岸場がおかれ、物資の集散地として賑わいました。明治8年(1875)に戸田橋が完成すると、渡し場は廃止されました。

第12回オリンピックの開催地が東京に決まったことから、昭和12年(1937)には戸田漕艇場(戸田ボートコース)の建設が始まりました。しかし、日中戦争の長期化により、東京オリンピックの開催は中止されました。開催中止が決定したとき、漕艇場の建設は途中段階でしたが、治水事業の目的もあったために建設を続行し、昭和15年(1940)には完成しました。昭和39年(1964)に改めてオリンピックが東京で開催され、ようやく戸田漕艇場でのボート競技が行われました。この東京オリンピックに向けて、会場改修工事や周辺道路・住環境の整備など様々な事業が進められ、国道17号新大宮バイパスや笹目橋が開通するなど、この時期戸田のまちは大きく変化を遂げました。こうした都市機能の充実にともない大量の人口が流入し、昭和41年(1966)の市制施行へとつながっていきました。

古くは農業中心のまちでしたが、戦前から軍需産業中心の工業都市となり、戦後は金属、電気機械、印刷・出版などの中小産業が主体となりました。同時に、交通網の発達などにより、首都近郊の住宅都市としても発達しています。


戸田の名前の由来
戸田の名前は、「戸田氏」という武将に由来しているといわれています。


戸田の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
戸田市立郷土博物館
住所: 〒335-0021
埼玉県戸田市新曽1707 [地図を見る]
電話番号: 048-443-5600
開館時間: 10:00〜16:30
休館日: 毎月第2・4・5月曜日
館内整理日(毎月末日。ただし、土日祝日の場合は除く。)
年末年始(12月29日〜1月4日)
入館料: 無料







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